真面目系クズな私

真面目系グズの私が改心していくかもしれない・・・・しないかもしれない話

伊勢参り1日目

こないだの三連休、父が伊勢参りに三重に行くというので関西在住の私は近鉄に乗って伊勢まで会いに行った。

伊勢市駅に着くと真夏だというのにスーツを着た父が迎えてくれる。真面目な性分故、神様に失礼があってはいけないとジャケットまで持っていた。呆れながらも慣れ親しんだ父の格好に安心する私。しばらく会ってないうちに老けこんでいたらどうしようと少し心配していた。

着いてすぐ駅裏のシティホテルにチェックイン。ホテルによくある古いビールの自販機で千円文も買い込み部屋で飲む。場所を変え和食さとで120分好きなだけ飲む、店出てからはコンビニで買ったビールを飲む.....

この夜だけで半年分のビールを飲んだ。

祖母

うちのおばあちゃんは8歳の時から俺の面倒を見てくれている。母の代わりをずっと勤めてる。小学校の時は些細なことでよく喧嘩した。「もうでてく!」

なんて言って困らせた。

中学に上がると喧嘩もなくなりいい子だとよく言ってくれていた。

高校に上がると寮でなかなか会えなくなったが、たまに帰るとご飯を作ったりなんでもしてくれた。

 

今でも電話で心配ばかりかけている。

どうか長生きしてください。神様お願いします。

母の作ったラーメン

お題「思い出の味」

 非常に家庭的な母だった。僕が食べたかったハンバーグも餃子もなんでも作ってくれた。その中でもラーメンが好きだった。うちの家族みんなが好きだったと思う。

週に一回作ってくれてみんなで食べたラーメン。ほうれん草とかもやしとか健康オタクの母がいっぱい入れてくれてた。大きな四角いお盆で湯気のたったラーメンを乗せて来てくれたときのドキドキと言ったら。

 

ふと家でもう使われなくなったお盆を見て悲しくなったのを思い出した。

センター試験

今週のお題「テスト」

こんな私ではあるがセンター試験では満点を取ったことがある。

 

一つにセンター直前模試(河合)で国語200点と言う快挙。(偏差値は60台だったし恐らく簡単だったのだろう)

国語の先生にえらく褒められ非常に気を良くした。本番でも取るぞー!なんて意気込んでいた。

 

なぜよく考えなかったのか。

自分でも結果が帰ってくるまで満点だとは思わなかった。いつも通り何問かは勘で選んだ。つまり神がかり的な運の良さの賜物であったのだ。

結果、本番では155点と目標点を大幅に下回り惨敗。小林秀雄が嫌いというか随筆が嫌いになった。(古文を間違えまくったのだけど、全て時間がなかったせい)

 

もう一つは苦手分野の英語。

模試では常に7割前後を行き来しており、高校のクラス連中の中では下の方だった。

本番では一点でも多く取ろうと苫米地英人の本の付録にあったバイノーラル音声を直前まで聞いていた(リスニングで難しいのは英語と日本語ではフォルマント周波数が異なるからだ。という主張に得心がいったのでよく聞いていた)。

 

そのおかげかどうか知らないが、結果リスニング満点。

 

まあたった50点だから他教科で得たビハインドを全く覆せなかったが。

 

何年も前の話だが、今でも言えることは言語は苦手意識さえ除ければ絶対できるようになるということ。文章もリスニングも伝えようとしているのだから、後は受け取る側次第なのだろう。

 

解こうとせず、何を言いたいか汲み取る練習が必要なのだろうなぁ

 

もしも魔法が使えたら

今週のお題「もしも魔法が使えたら」

 

ドラクエのような魔法、FFのような魔法、ハリポタのような魔法......。

色々あるがまず「ベホマ」や「ケアルガ」で色々な人を治癒して周る。

聖人として振る舞い、宗教団体を立ち上げる。

そこで「預言者」だと名乗りお布施でがっぽり儲ける。

皆幸せになり、お金もがっぽり貰えるのでwinーwinだろ

 

 

 

 

 

批判するやつや嫌いなやつは「ザキ」でも「デス」でも「アバダなんとか」でもなんでもいいから使ってしまえ。

 

これからどうすればいいのか

どうすればいいのかはわかっている。

ヘマをする人間でも嫌われる人間と愛される人間がいる。愛されるのは元気のいい人間だ。同じ失敗をしたとしても、「ダメだあいつ」と思われるのと「あいつはそういうやつだから仕方ない」と思われるのでは評価が天と地だ。

どんな状況でも気丈に元気よく振る舞うのが正しい。嫌われていても。

WMは元気あっても嫌われてたな。顔がキモいからか?下心のないさっぱりとした気風の良さを出さねばならない。

キモいと思われたら終わりなんだ。気張ってる感があるのも宜しくない。

常にある程度余裕を醸しつつ、なんでもそつなくこなし、挨拶の元気がいいことが大切だと考える。

最も気持ち悪いもの

自分が見下し、忌み嫌う人間からの「施し」程気持ち悪いものはないだろう。真っ当でなく気持ち悪いと感じてる人間から渡されたものはどんなに新しくとも汚れて見える。

できるだけ受け取りたくないだろう。

「こっちが情けをかけてやってるんだ」

「お前は施す側でない。気持ちの悪い底意が透けて見える」

こう言いたくなる気持ちがわかる。

 

まさか自分がそのように思われる側におちいろうとは少し前まで思いもしなかった。

底意も何も申し訳ない気持ちだけ、気持ちの表れなのに。

 

歩み寄りは失敗した。自分で強く立たねばならない。土台がほぼなく、砂上の楼閣なんて騒ぎじゃない。ほんとに立っていられるんだろうか